第3話 隣のライバル
氷高颯矢
夏の日差しがジリジリと灼く。暑くてイライラする。
「ちょっと待ってよ和那くん!」
「うるせーついてくんな!」
「そんなの無理じゃん。ウチ隣なんだから」
能天気そうなカオが視界に入る。目線はやや上げなければならない。
「雄仁…お前のそーゆートコがヤなの!」
八つ当たりは分かっている。それでも、もやもやした感情の原因に四六時中付き纏われては和那だって我慢のしようがない。
この隣の家に住む幼なじみ、亜木雄仁は昔から自分の後ばかり付いてきた。それがイヤだとは別に思わなかった。むしろ、自分がついていなければどうしようもないのだと、世話を焼くことに何の抵抗もなかった。
最近までは――。
『二年のレギュラーは亜木!お前だ!』
『えっ?僕…?』
『そうだ、期待してるぞ!』
バスケットボール部の顧問は、二年の中では特に、和那に目をかけてくれていた。だから、その言葉は耳を疑った。
(何で…何で俺じゃないんだ?雄仁より、俺の方がずっと努力もしてきたし、実力だって上だって…)
『和那、落ち込むなよ。実力で選ばれた訳じゃないって。亜木はあの身長だから…』
仲間の一人がこう言った。言われて気が付いた…和那と雄仁の差。
(16cm…背伸びしたって届かねーよ…)
ため息をつく。それに、和那が落ち込む理由は他にもある。密かに想いを寄せていたクラスメイトの女の子が、どうやら雄仁を好きらしいのだ。この亜木雄仁という幼なじみは昔から、何故か女の子にモテるのだ。取り立てて整った顔立ちをしているわけでもない。スポーツはそこそこできるが、肝心な所でミスをする(運動会の徒競走などはゴール手前でこけるタイプ)。面白い事を言うでもなく、勉強ができる訳でもない。和那からしてみれば、どうして、あんな冴えない雄仁ばかりが良い思いをするのか、全く分からない。解らないからこそ腹が立つのだ。
「ただいま〜」
玄関ポストに自分宛ての封筒。
「何だ?S&G_Annex?」
封筒から中を取り出して見ようとすると、紙面に影が落ちた。
「あ、和那くんも受かったんだ!」
「はぁ?」
「それ、アイドルのオーディションなんだって。僕が和那くんの事推薦したの」
能天気にへラッと笑う。
「オーディションって…」
「だって僕、一人で行くのイヤだったんだもん」
(――何ですと?)
「クラスの女の子とか、僕の事出すって言ってて…でも僕一人じゃとても会場に辿り着けそうにないから、和那くんも一緒に行ってくれるなら良いよって…」
「お前さぁ…自分が書類審査で落ちるとか考えなかった訳?」
「あ、なるほど。…でも結局、受かったし…」
呆れつつ、改めて書類に目を通す。
「来週の土曜か…部活、午前中で終わるっけ?」
「そのまま行くでしょ?」
「制服のままでか?」
「だって、着替えるヒマなんてないし…」
どうせなら、部活をサボろうとかいう考えはないのか?なんて、和那は思ったが、自分が乗り気なのがバレるとイヤなのでそれ以上の追求をしなかった。誰にも話した事はないが、和那は歌やダンスが好きで、オーキッズ・プロダクションの研修生・Seedのオーディションを受けようと考えた事だってあるのだ。
「ヤバイ、遅れる〜!」
部活が思いがけず長引いて、昼食を食べる間もなく和那と雄仁はオーディション会場へと向かった。
二次審査に集められたのは約150人、その中から更に10人に絞られる。
二次審査は実技による審査、歌(カラオケによる)、ダンス(基本レッスンによる)、演技(ある場面を演じる)の三段階ある。それら全てにおいて標準以上でなければ次の審査へは進めないようになっている。だから、最終的に残っていられれば合格だ。
「へぇ…15分の1か。割と簡単そう…」
「逢沢は残るんじゃない?」
「柊吾もだろ?」
会場で、そこにだけ空間ができていた。
その二人は対照的な雰囲気を持ち、素人目にも分かるくらい輝きを放っていた。ヒソヒソと『逢沢奏が何でこんなトコに居んだよ?』『出来レースだったりして…』『あんな奴と競うの〜?』等という声が聞こえた。
「俺もそっちに混ぜてよ?狭いトコ、ヤなんだよね…」
更にざわめきが大きくなった。
「まるで魚住じゃん。何?君、魚住の弟かなんか?」
「他人。アイツのせいで迷惑してる」
「そうなんだ。僕は羽鳥柊吾。で、こっちが逢沢奏」
「佐久間蓮治」
そう答えて、蓮治はしげしげと柊吾の顔を覗き込んだ。
「…何?」
(このオーディションって女も受けれんだな…)
柊吾はふわりと蓮治に笑いかけた。その瞬間、蓮治の足に衝撃がきた。逢沢に思いっきり足を踏みつけられたのだ。
「てめぇ…」
「悪い、つい足が出た」
逢沢と蓮治の間で緊張が走る。まさに一触即発というただならぬ雰囲気に周囲は完全に呑まれていた。
「やばい、遅れた!」
雄仁を引き連れ、会場に駆け込んできた和那の顔を見て明らかに空気が和んだ。一気に日常に引き戻されたのだ。
「すごい人だね〜」
「のん気だな、お前。この中から選ばれようっていうのはかなり難しいと思うぞ…」
「和那くん、受かる気なんだ。やる気だね〜」
「そりゃ、どうせなら…って、雄仁!」
「ん?何?」
ヘラリと微笑う幼なじみの表情は未だに完全に読みきれない。
(こいつ…もしかして俺がこーゆー事がしたいって知ってた?まさかな…)
「和那くんは受かると思うよ」
「はぁ?何なんだよ、その自信の根拠は?!」
雄仁は臆面もなく即答した。
「だって、和那くんには俺がついてるからね…」
「何だ、それ?」
「ん〜、勘?みたいなものかなぁ…」
時々、雄仁はドキッとするような表情をする。普段が普段なだけに、リアクションに困る。
本当は自分の方が彼の手の中で踊らされているのかもしれない。それでも、いつだって自分は彼の手を引いて、彼より一歩前を歩く。その関係を崩したくない。
(俺は、雄仁にだけは負けられない)
隣をチラリと見る。この会場にいる多くの参加者の中で、最も厄介なライバルは、実は彼なのかもしれない。
少なくとも和那にとっては当面のライバルである事には変わりはなかったのだが――。
第4話「予感」へ続く。